じざかなかまの声

糸島漁協の漁師

鹿毛 俊作さん

馬淵くんとは、糸島食材をPRする食の催事なんかで一緒になってから、えらい気が合ってね。漁協にはない発想も出てきて面白いし、熱い男やけん、今じゃすっかり飲み仲間やね。

 

漁協に勤めていて意外やろうけど、小学校の間は、住宅地育ちで、前原小学校で、海で釣りもしたことなかった。

人を笑わせるのが好きでね。糸島高校を卒業した後は、本気でお笑い芸人になろうと思とった。

そしたらさ、コンビを組もうって約束していた同級生が、いつの間にか別の進路を決めててね。「まじか!」って、話よ。

1人で芸人の道に進む勇気もなくてね。芸人になるつもりで就職活動もしてなかったけん、新卒を募集していたのが漁協か、農協しか残ってない。

漁師は夢を追うて、豪快なイメージでいいなと思ってね。当時の漁協の船越支所に就職したっていう感じやね。

 

昔、船越は一大養殖基地やった。天然の真鯛の赤ちゃんを種苗って言うっちゃけど、『稚子ひき』っていう漁が成り立っとってね。稚魚を1匹100円とか150円とかで売りよった。それで家を建てた人とか、いっぱいおったとよ。

 

当時は、養殖するのに天然の赤ちゃんを獲ってくるしかなくて。天然種苗の鯛はね、1キロの鯛を育てるまでに3年、4年はかかるっちゃんね。

今の人工種苗の鯛は、たった1年ででかくなる。効率的には人工の方が早く出荷できるけん、いいっちゃろうけど、天然種苗の方がじわーっと育った分、うまかとよ。

当時はバブルの前やけん、天然種苗の方が値段が高くても、よう売れよったよね。

 

今は、魚100箱とって50万円くらいにしかならんけど、俺が漁協に入ったころは100箱取ったら100万になりよった。魚価が高かったけん。すごい商売やね、と思った。港もすごい活気があった。

船が沈むくらい魚が獲れた時って、漁師さんたちの機嫌が良くてね。親戚中がばっと30人くらい集まって、みんなで水揚げされた魚を箱詰めばする。みんなニコニコしててね、何とも言えんかったね。あの光景が忘れられんね。

 

漁協って、朝から晩までそこの地域から出ることないけんね、よそもんの俺が船越の大きな家族みたいな中に取り込まれてね。若い頃は毎日のように、よう漁師さんから怒られよったけど、そんなことは全部おばちゃんたちが知っとるとよ。

「鹿毛くん、大丈夫よ、あれは怒りようとじゃないっちゃけん。ご飯食べたね? 食べていきー」って言って、励ましたりしてくれてね。おばちゃんたちのフォローで助けられとったねえ。

 

俺が漁協に入って何年かしてバブルが弾けてね。状況がみるみる悪くなっていったね。

まず、魚が真っ当な値段で売れんくなった。魚群探知機とか漁船はどんどん進化しとるとに、魚は獲れば獲るほど安くなる。

漁師さんは獲らんと生活を維持できんけど、魚も減ってきたし、そもそも魚を料理する人も減ってきた。日本人が魚を食べんごとなったけんね。

 

昔は、いい魚なら高くても欲しいっていう料亭があったけん、仲買人も高値で買いよった。今は、仲買人が「○○○円やったら○箱買うよ」という感じで、値段を決めるから、どっちかっていうと買い受ける側の方が強い。漁師は、その言い値で売らないといかんくなっとう。

 

昔は、黙っとっても何もせんでも、鯛がボンボン高い値段で売れよったけん、その良かった時の考えしか持たん漁師さんは、何も対策ばとらんで廃業していくんよ。経費とか考えんで、どんどん言い値で安く売って、赤字になってしまうけんね。

 

そんな状況やけん、糸島漁協として、どうやって地元の魚の価値を上げていくかってことを考えよる。加工品にして価値をあげるとか、そこがすごく大事だと思っとる。

 

海に囲まれた島国の日本は、元々は肉より魚を食べて生きてきたと思うんよね。海沿いなんかはね。だから、わざわざ魚食普及とか言わんでもいいっちゃろうけどね。

 

俺は、漁業のいい時も、悪い時も見とるけん。こっからどうかせないかんって思ってね。地魚BANKの馬淵くんたちと動いとる。

 

正直、昔はね、漁協の仕事は、漁師がとってきた魚を、安かろうが、高かろうが、ただ市場に出せばいいとしか考えてなかった。あとは養殖のための餌づくりとかしとけばいいっちゃろうってね。

それがね。福岡県庁の水産担当職員で、「豊前海ひとぶつ牡蠣」のブランドを立ち上げた佐藤さん福岡県の担当者に出会ってね。「今のまんまじゃだめだよ。付加価値を上げなきゃ」って言われて、ハッとしたとよ。

糸島産の付加価値を上げるって考えが、それまでなかったから。地元の魚の価値について「なんかできることないかいな」って目を向けるようになってから、消費者って言われる立場の街の人の中にも飛び込もうってことになってね。

福岡市内での催事にも積極的に出るようになって。イベントのために加工品も作って、糸島産の水産物をPRするようになったんよ。

 

「魚価を何とかする」なんてのは、自分たち漁協職員にできることじゃないって思いよったけど、食べる側の人たちとつながって働きかけることで、何かが起こせるんじゃないかってことに気付いてね。その思いの部分が、馬淵くんたちと一致して、タッグを組むことになった。

 

地魚BANKの取り組みは、漁協だけではできないことが、できると思ってる。

例えば、漁協や漁師がいくら頑張って残そうと思った漁でも、魚が減ったり、売れなかったりして、続けられないこともある。船越漁港のイリコ漁もそう。

買い物客からすると、「あれ、船越の煮干しが店頭にない。品切れかな」という程度に見えるだろうけどね。その裏側では、イリコ漁の漁船が手放され、加工場が閉鎖されている。もう1度再開するには、億単位の資金がかかるから、かなり難しいという状況があったりするわけ。

 

船越の煮干しは人気があったっちゃけど、もう食えんのよ。

そんな消費者側には見えない部分を、地魚BANKの活動で少しでも知ってもらって、豊かな暮らしってものをみんなで支え合っていけたらいいなと思うよね。

 

本当は、地魚BANKのように、漁業現場の状況を消費者に知ってもらうってことは、漁協がするべきことなんかもしれん。

ただ現状は、待ったなし。地域で当たり前に伝わってきた伝統が、どんどん途絶えようとしている。

だから、「漁業現場のことは漁協がやる」とかこだわらず、地魚BANKのような取り組みで、漁師さんたちの現状に目を向けてくれる人を増やすことが大事やろうと思う。

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姫島漁師の嫁

吉村 康子さん

(志摩の海鮮丼屋スタッフ)

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